肉が美味い日|7月18日(火)

フィジー系フィジー人のお宅を訪問した。8月に来てくれる日本人学生のために、ホームステイ先として契約を進めるためだった。

木造建築の1階建てで、道路に面している。道路側には家の横幅と同じ長さのベランダがあって、よくそこでおばあちゃんがぼーっと道路を眺めているので、私たちは彼女のことをその道の名前を取って「カウニトーニおばあちゃん」と呼んでいる。

カウニトーニおばあちゃん。響きがいい。なんともひっそりと暮らしていそうな名前。

複数あるホームステイの中でも、ここは感覚が狂うくらいゆったりと時間が流れている。庭にはバナナをはじ初めとするたくさんの植物がうっそうと茂っていて、外との空気を隔てる扉はない。

外と同じ時間を、動物と植物と共有する。同じように寝て、起きて、生活しているような感じがする。

道路に面しているけど、車が通らないときは恐ろしく静かな空間だ。

今回は、カウニトーニおばあちゃんの息子の妻にあたる女性と主にやりとりをして、ホームステイの契約を進めた。

ついでに食事も用意してくれたのだけど、彼女はビーガンで、「まさに」と言わんばかりのものが食卓に上がった。

2種類のバナナ、パン、ピーナッツバター、レモングラスティー、パンの実。テーブルが黄色い。

バナナとレモングラスとパンは庭で取れたらしい。

パンの実はココナッツみたいに木になっている。英語名はBreadFruitだけど、中身はちょいねっとりモソモソイモ。

今回は蒸したものが出てきて、上顎にくっつくタイプの食感だった。だんだんキツくなってきてしまい、レモングラスティーで流し込んだ。

このレモングラスはデカいニラみたいな葉っぱをしていて、爽やかな風味だった。バナナは熟していて甘い。

食事中の会話は「食」についてが主だった。実は彼女、自分を「ビーガン」とか「ベジタリアン」とは名乗らなかった。そういう言葉とか概念がないのかは分からないけど、とにかく肉魚は食べないし、ソイミルクを飲み、豆腐も食べるという。

豆腐、こっちでは安くても7ドル(約420円)くらいするのに。一方で鶏なんて1匹まるまる15ドル(約900円)で買えてしまうのに。

動物より植物の方がコストがかさむなんて変な話。

すこしお金がかかっても、その女性は、動物を食べない。命を奪ってでも食べることはできないと言った。心を痛めるような目だった。

「あなたたちは魚も肉も食べるの?」と言われ気まずく頷くが、ただそれを事実として受け取っているようで、責め立てたり問い詰めたりすることはなかった。

自分のことを主張しすぎない語り口に安心するとともに、彼女がそれらを口にしないのは、セブンスデー・アドベンチスト教会というプロテスタントの一派を信仰しているからだと分かった。

フィジー系フィジー人は主にキリスト教徒だが、ここまで動物性の食事を摂らない人は初めてだった。

宗教によって世界に対する考え方が規定されるって、どんな感覚なんだろう。圧倒的主観だが、それに従って生きるのは狭いような気もするし、人生に迷わないから楽なような気もする。

だけどあの女性は、自分が動物を食べないことについて、滞りなく自分の言葉で話す。信仰だからと知らなかったら、そのまま彼女の考え方として受け取っていた。

でも別に信仰の一環だからといってどうにかなるわけでもない。しかも彼女と話していて視野狭窄に陥っているなどとも思わせられない。それそのものが自分自身の考え方であるという眼差し。そしてそれを誰かに押しつけたり、「自分はビーガンだ」とか大げさに言わないのも楽。

世界中でどれだけ動物の命を奪っていても、自分が、動物を食べたくないから食べないだけ。

ゆったりとした時間の中で、庭から取ってきたフルーツや植物を用いながら食卓を創り上げる。

その生活で、十分に満ち足りている気がした。そうやってただ毎日を生きている。

そんな静かな生活の空気も吸い込んで帰ってきたけど、まだお腹に余裕があった。

冷凍庫を開けたら牛挽肉があったので、タコライスっぽくして食べて一言。

「肉、うめー」

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